「ねえ、論文出さない?」
助教からいきなり電話が入った。修論提出の3週間前程の出来事である。
いや、もちろん出すに決まってんじゃん…と思っていたら、なんと修論とは別で国際学会の方の論文ということであった。
聞けば提出期限は5日後とのこと。ふと思い出したから連絡してみた、と。
全く無茶を言う助教である。修論も佳境に差し掛かっているいるというのに今言うか。呆れる反面この程度のことでは驚かない。
なにせこの助教、新入生の歓迎パーティ(総勢約150人)の食事をドミノピザ2枚で済ませようとした人間である。1枚買うともう1枚タダ、で済ませようとしたのである。
しかもこれは経済的な観点からではなく本気でピザ2枚で足りると踏んでいたのだ。僕の理解の範疇をとうに超えていた。
さて、どうしたものか。本当にやるのか、と尻込みしていたら、「博士行くなら今一本出しておけば凄く楽になるよ」とそそのかれ、それならばと修論の合間を縫って取り掛かることとした。ただし期限は5日後。修論もやりながらだと実質2日程度しかこの論文には充てられない。これは手持ちのネタを論文にするしかないと思い、1年ほど前に思いついた「4次元空間における遠近法と、それを利用した錯視立体」についてまとめることとした。
概要は発表前なので具体的な内容は割愛するが、ポイントを簡単に。
目の錯覚・だまし絵とよばれるもの中に遠近法を利用したものがある。
その絵にはある入れ子状のグリッドが隠れており、それをベースにそのだまし絵は描かれている。
そこでまず、入れ子と遠近法および次元の関係について述べておく。
[fig.1]を見ていただきたい。
この図を2次元的視点でみると、正方形の内側のもうひとつ正方形が描かれているように見えることができる。いわゆる「入れ子」というやつだ。ただし、我々は3次元人であるため3次元の視点も持ち合わせている。その3次元的視点で見ると、これは上から箱を覗き込んでいるように見える。これこそ遠近法であり、このとき箱の底面の中央に消失点が現れる。
つまり2次元で「内側」だったものは、3次元では「奥」になるのだ。
ここで重要なことは、同じ図形を異なる次元で知覚できる、ということ。
では次元をひとつ上げてみよう。[fig.2]を見ていただきたい。
[fig.1]におけるSquare-in-SquareはCube-in-Cubeとなる。(見慣れた正八胞体ですね)
そしてこの時、我々は「内側」にしか感じることができない内側の立方体が、4次元人にとっては「奥」として知覚できるものであることを理解していただきたい。
3次元で「内側」だったものは、4次元では「奥」になる。[fig.1]の場合と比較してみて欲しい。
またこのとき、次元をひとつ上げたため、「消失点(0次元)」に相当するものは「消失線(1次元)」となるはずだ。 Square-in-Squareの消失点は正方形に関してx,y方に対称な2次元上の点であることを考慮すると、消失線は立方体に関して x、y、z方向に対称な3次元空間内の線であり、それはつまり立方体の体対角線となる。
(なお4次元空間内ではこの消失軸は実質「面」である。これは消失点というのも3次元的にみれば絵画の面に対して垂直な軸線でもあるということ同じだ。)
先に述べただまし絵に隠されたグリッドというのは[fig.1]の特性を利用して描かれているものである。
グリッド自体は2次元。そのグリッドを基に3次元人である我々が、2次元と言う紙面上に3次元を描き、それを3次元人が知覚するから錯視が起こるのである。
ここでひらめいた。
[fig.1]の次元をひとつ上げた[fig.2]のを利用すれば4次元上のだまし空間なるものの基準となるグリッド自体は3次元空間でつくれるんじゃね、と(元のグリッドを内緒にしている時点で作り方を説明できないのでこのロジックも内緒)。4次元人がこのグリッドをうまく利用して空間を作れば4次元人のためのだまし立体なるものをつくることができる。もちろん僕ら3次元人はそれを楽しむことはできない。4次元人のみぞ知るところ。
っていう3次元グリッドが作れましたよ、というのが論文の内容。(何学会なのかわかる人にはわかるはず)
もちろん既往研究・参考文献なんて一切見てないし(論外)、ただの思い付きをまとめただけなので内容が合っている確信もない。むしろ有識者の方がいらっしゃったら教えて頂きたいくらいだ。これを論文としていいのか甚だ疑問ではあったが、とりあえず出してみた。
そしてその結果がつい先日送られてきた。
査読者2名。1名「accept」1名「strong accept」。
すとろんぐあくせぷと......つよい…...
「出せば通る」とは聞いていたものの、初めての査読論文、初めての国際学会、やっぱりちょっと嬉しかった。
ということで今夏強い人たちにボコボコニいじめられることが決定。乞うご期待。